大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)106号 判決 1997年1月23日
A事件原告
松浦米子
外八名
同
株式会社岩崎経営センター
右代表者代表取締役
岩崎善四郎
B・C事件原告
蒲田誠子
外一名
原告ら訴訟代理人弁護士(A事件)
亀田得治 辻公雄 秋田仁志 青木佳史 秋田真志
池田直樹 泉薫 井関和彦 伊多波重義 市川智
井上元 井上善雄 岩城穣 岩城裕 大西裕子
岡村久道 小田耕平 桂充弘 金高好伸 兼松浩一
吉川法生 木下準一 木村達也 桐山剛 国府泰道
小林保夫 佐井孝和 斎藤ともよ 斎藤浩 斎藤真行
阪口徳雄 坂和章平 城塚健之 鈴木康隆 高橋典明
高橋司 田中稔子 寺沢達夫 寺田太 富崎正人
南野雄二 船岡浩 松井忠義 松尾直嗣 松村信夫
松本七哉 宮地光子 村松昭夫 矢島正孝 山川元庸
山口健一 山下潔 山本勝敏 横内勝次 吉岡良治
吉川実 和田誠一郎 渡辺和恵
辻公雄訴訟復代理人弁護士
赤津加奈美
加藤高志
峯本耕治
村田浩治
雪田樹理
脇山拓
秋田仁志訴訟復代理人弁護士
赤津加奈美
(B・C事件)
辻公雄
赤津加奈美
青木佳史
秋田仁志
井上元
岩城裕
小田耕平
加藤高志
吉川法生
斎藤真行
高橋司
田中稔子
寺田太
内藤秀文
三島周治
峯本耕治
村田浩治
山田昌昭
雪田樹理
脇山拓
A事件被告
大島靖
外四名
B事件被告
足髙克巳
外三名
C事件被告
平野誠治
外二名
右訴訟代理人弁護士
夏住要一郎
同
鳥山半六
同
山本崇晶
A事件鳥山半六訴訟復代理人弁護士
BC事件訴訟代理人弁護士
阿多博文
右夏住要一郎訴訟復代理人弁護士
岩本安昭
主文
一 大阪市に対し、
1 A事件被告西尾正也は、金一八七七万八四一六円及びこれに対する平成二年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員、
2 A事件被告土井魏は、金二八〇四万一七二七円及びこれに対する平成二年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員、
3 C事件被告平野誠治は、金六〇七万〇〇五二円及びこれに対する平成三年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員、
4 C事件被告柴﨑克治及び同小泉巍は、各自金三四三万〇七八六円及びこれに対する平成三年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 A事件原告松浦米子、同小山仁示、同広川禎秀、同稲生実子、同株式会社岩崎経営センター、同柏原明子、同坂田栄子、同萬歳昭子、同山形ハツ子及び同結城恵子のA事件被告大島靖、同遠藤渉、同榎村博に対する請求をいずれも棄却する。
三 B・C事件原告蒲田誠子及び同佐藤根ミチ子のB事件被告足髙克巳、同山川洋三、同谷和夫、同田中昭に対する各請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、
1 A事件原告松浦米子、同小山仁示、同広川禎秀、同稲生実子、同株式会社岩崎経営センター、同柏原明子、同坂田栄子、同萬歳昭子、同山形ハツ子及び同結城恵子のに生じた費用の二分の一とA事件被告西尾正也及び同土井魏に生じた費用を同被告らの負担とし、右原告らに生じたその余の費用とA事件被告大島靖、同遠藤渉、同榎村博に生じた費用を同原告らの負担とする。
2 B・C事件原告蒲田誠子及び佐藤根ミチ子に生じた費用の二分の一とC事件被告平野誠治、同柴﨑克治、同小泉巍に生じた費用を同被告らの負担とし、右原告らに生じたその余の費用とB事件被告足髙克巳、同山川洋三、同谷和夫、同田中昭に生じた費用を同原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、大阪市に対し、各自別紙請求債権目録の請求金額欄記載の金員及びこれに対する同目録の訴状送達日欄記載の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、大阪市の住民である原告らが、大阪市が職員局長及び総務局職員長決裁に基づいて昭和五五年六月一日から約一〇年間にわたり同市職員に支払った超過勤務手当の支出(総額約二八〇億円)は違法であるとして、支出当時大阪市長等大阪市の職員であった被告大島、同西尾、同遠藤、同榎村、同土井、同平野、同柴﨑、同小泉に対し、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づいて、その手当相当額の一部及びこれに対する遅延損害金を大阪市に支払うように求めた住民訴訟(A・C事件)、及び当時大阪市監査委員であった被告足髙、同山川、同谷、同田中が監査を怠った結果大阪市に右手当相当額の損害を与えたとして、同被告らを同号後段の怠る事実の相手方としてその手当相当額の一部及びこれに対する遅延損害金を大阪市に支払うように求めた住民訴訟(B事件)である。
一 前提事実(証拠の摘示のない事実は争いのない事実である。)
1 当事者
(一) 原告らは、いずれも大阪市の住民である。
(二) 被告ら
(1) A事件関係
被告大島は、昭和四六年一二月一九日から同六二年一二月一八日までの間、被告西尾は、同六二年一二月一九日から平成二年一月一七日以降までの間、それぞれ大阪市長の職にあった者である。
被告遠藤は、昭和五四年六月五日から同五八年六月四日までの間、被告榎村は、同五八年六月六日から同六二年六月五日までの間、それぞれ大阪市収入役の職にあった者である。
被告土井は、昭和五三年四月一日から同五七年三月三一日までの間、大阪市職員局長の職にあった者である。
(2) C事件関係
被告平野は、昭和六三年四月一日から平成元年一二月一八日までの間、大阪市総務局長の、被告柴﨑は、平成元年四月一日から平成二年一月一七日以降までの間、大阪市総務局人事部給与課長の、また、被告小泉は、平成元年四月一日から平成三年一月一七日までの間、大阪市収入役室審査課長の各職にあった者である。
(3) B事件関係
被告足髙及び被告山川は、いずれも平成元年八月四日から平成二年六月二四日までの間、被告谷は昭和六二年一二月二八日から平成二年一月一七日以降までの間、被告田中は平成元年三月三〇日から平成二年一月一七日以降までの間、いずれも大阪市監査委員の地位にあった者である。
2 大阪市の給与等に関する条例等の規定の存在と給与等の支給手続
(一) 普通地方公共団体の職員に対する給与等の額及び支給方法は、条例で定め、その支給は法律又はこれに基づく条例に基づかずには支給することができないとされているところ(給与条例主義。法二〇三条五項、二〇四条三項、二〇四条の二、地方公務員法二四条六項、二五条一項)、大阪市の職員の給与に関する条例(乙一の四。昭和三一年大阪市条例第二九号。以下「本件条例」という。)二条は、「この条例に基づく職員の給与は、給料、初任給調整手当、扶養手当、調整手当、住居手当、通勤手当、管理職手当、特種勤務手当、産業教育手当、定時制教育手当、義務教育等教員特別手当、超過勤務手当、夜間勤務手当、宿日直手当、期末手当及び勤勉手当とする。」と定め、一五条は、「所定の勤務時間以外の時間に勤務を命ぜられて勤務した職員には、勤務一時間につき勤務一時間当たりの給与額の一〇〇分の一二五(その勤務が午後一〇時から翌日の午前五時までの間である場合は、一〇〇分の一五〇)を超過勤務手当として支給する。」と定めている。
(二) 大阪市職員就業規則(乙一の三。昭和二四年大阪市規則第一一七号。以下「就業規則」という。)一六条一項は、「業務上臨時の必要がある場合においては、職員に対し、勤務時間をこえて勤務させることができる。」と定め、同二項は、「時間外勤務は、所属長が超過勤務命令簿によりこれを命ずる。」と定めている。
(三) 局長等専決規程(乙一の一。昭和三八年達第三号)は、「局長等は、この規程の定めるところにより、市長の権限に属する所管の事務を専決することができる。」とし(一条本文)、局長の専決できる事項として、「配当及び配布予算の範囲内における経費の支出決定及び経費の支出を伴う事務事業の施行決定に関すること」(三条一項17号)、「所管業務につき、法令、条例又は規則等の規程に基づいて行う処分その他権限の行使及び事務の執行に関すること」(同24号)等が定められている。なお、同規程一条但書には、「異例に属するもの、規程の解釈上疑義のあるもの又は重要と認めるものについては、市長の決裁を受けなければならない。」と定められている。
(四) 超過勤務手当を含む毎月の給与等の支給手続は、次のとおりである。
(1) まず、支給決定については、右局長等専決規程三条一項17号の規定に基づき、所轄の局長等である職員局長(職制の変更により、昭和五七年四月一日以降昭和六三年三月三一日までは総務局職員長、昭和六三年四月一日以降は総務局長。以下同じ)が市長に代わって専決決裁する。そして、右決定に基づく支出命令書の発行は、市役所課長専決規程(乙一の二。昭和二三年達第五号)四条2号の規定により、給与についての予算担当課長である職員局給与課長(職制の変更により昭和五七年四月一日以降は総務局人事部給与課長。以下「給与課長」という。)の専決事項とされている。(乙五)
(2) また、支出負担行為に関する確認事務(当該支出負担行為が法令、条例、規則、達若しくは予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることについて確認を行うこと)は、本来収入役の職務権限に属する会計事務の一つであるが(法一七〇条二項六号)、大阪市会計規則(乙二。昭和三九年四月一日大阪市規則第一四号)によれば、収入役は、各局で取り扱う支出負担行為の確認事務を当該局の出納員に委任するものとされている(六条一項5号、四一条)。そして、職員局(昭和五七年四月一日以降は総務局)においては、予算事務担当課長である給与課長が出納員に充てられていたから(同規則四条一項)、同課長が前記のように支出命令書を発行するとともに、右委任を受けた出納員として、支出負担行為の確認も担当していた。(乙五)
なお、収入役は、右支出命令書の送付を受けたときは、当該支出負担行為について再確認をしなければならないところ(同規則三八条)、右の事務については、収入役事務の専決に関する規程別表(乙三)により、収入役室審査課長が行うことになっている。
以上の手続を経た後、収入役(右別表に定める収入役室出納課長が専決)が給与等の支払をすることになる(法一七〇条二項一号、右規則四三条)。(乙五)
3 本件特例決裁とこれに基づく公金の支出
(一) 大阪市の職員のうち交通局及び水道局を除く全職員(約五〇局、三万七〇〇〇人)の給与制度、給与の支給事務及び人件費予算の執行管理は、職員局給与課(昭和五七年四月一日以降は総務局人事部給与課。以下、単に「給与課」という。)の所管するところであり、従来、右職員(ただし、係長以下に限る。)に対する超過勤務手当は、右2で説明した方法により支給されていた(乙五、被告土井)。
(二) 被告土井は、右職員を対象とする超過勤務手当の支給について、昭和五五年六月一一日付け職員局長決裁(甲九の一)により、次のとおり定めた。
(1) 超過勤務命令手続の簡素化、超勤時間認定事務の効率化を図るため、勤務を要する日に三〇分未満の超過勤務を命ずる場合においては、別に定める場合を除き、当該超過勤務命令は、超過勤務命令簿に基づいて行うことを要しないものとする。
(2) 前項に掲げる超過勤務に対する措置として、週一時間又は月四時間の範囲内で、超過勤務命令簿による超過勤務手当の支給の例により、超過勤務手当を支給する。
(3) 第(1)項に掲げる超過勤務命令は、就業規則一六条二項の規定により超過勤務命令簿により行われたものとみなす。
(4) 係長級の職にある職員に対しては、職員の管理職手当に関する規則の制定に伴う諸要綱の廃止等について(昭和五五年職第二〇号)二項の規定にかかわらず、同規定による超過勤務命令の限度を超えて、前各項に掲げる規定を適用することができるものとする。
(5) 実施時期は、昭和五五年六月一日とする。
なお、右の特例決裁は、前掲局長等専決規程三条一項24号「所管業務につき、法令、条例又は規則等の規程に基づいて行う処分その他権限の行使及び事務の執行に関すること」に当たるとして、職員局長の被告土井が専決決裁したものである。
(三) その後、昭和五七年六月、総務局職員長の専決決裁(甲九の二)により、右第(2)項中に「週一時間又は月四時間の範囲内」とあるのが、「月五時間の範囲内」と改められた(以下、右(一)、(二)の各決裁を併せて「本件特例決裁」といい、右決裁に基づく制度を「本件特例制度」という。)。
(四) 大阪市は、本件特例決裁に基づき、昭和五五年六月一日から平成元年一二月三一日までの間、前記給与課所轄の職員に対し、超過勤務手当として次の金員を支出した(以下「本件支出」という。なお、各月毎の支給日は翌月一七日である。)。
昭和五五年度 一九億五四九三万五二六一円
昭和五六年度 二〇億六八二五万四三二六円
昭和五七年度 二六億七四一四万八〇四一円
昭和五八年度 二八億〇〇八九万二四五一円
昭和五九年度 二九億〇八九六万三八六二円
昭和六〇年度 三〇億三一三七万七〇六八円
昭和六一年度 三二億一三九四万八七八七円
昭和六二年度 三三億一九一五万五八六三円
昭和六三年度 三四億三七〇八万六九四七円
平成元年度 二六億三二九六万五四二九円
(合計) 二八〇億四一七二万八〇三五円
(五) なお、本件特例制度は、平成二年一月一日をもって廃止された。
4 監査請求について
(一) A事件原告松浦ら(以下「原告松浦ら」という。)は、平成二年一月九日、大阪市監査委員に対し、A事件被告大島、同西尾、同遠藤、同榎村、同土井らの本件支出が違法であるとして、監査請求を行った。これに対し、大阪市監査委員は、同年三月七日、原告松浦らに対し、本件支出は違法とはいえないとの通知をした。
(二) B・C事件原告蒲田及び同佐藤根(以下「原告蒲田ら」という。)は、平成二年一〇月一六日、大阪市監査委員に対し、C事件被告平野、同柴﨑、同小泉の本件支出は違法であり、大阪市に損害を与えたとして、本件支出相当額の賠償をすることの勧告を求めて監査請求を行った。これに対し、大阪市監査委員は、同年一二月六日、原告蒲田らに対し、同原告らの求める勧告を行うことはできない旨通知した。
(三) また、原告蒲田らは、平成二年一〇月一六日、大阪市監査委員に対し、B事件被告足髙、同山川、同谷、同田中(以下「被告足髙ら」という。)が監査委員として監査権限を行使せず、その結果本件支出相当額の損害を大阪市に与えているところ、大阪市は同被告らへの損害賠償請求を怠っており、このことは「財産の管理を怠る事実」に当たるとして、監査請求をした。これに対し、大阪市監査委員は、同年一〇月三〇日、同原告らに対し、監査請求を却下するとの通知をした。
二 被告らに対する本件請求の根拠についての原告らの主張の要旨
1 A事件関係
(一) 被告大島(市長)
(1) 法二四二条の二第一項四号前段(当該職員に対する損害賠償)
ア 被告土井が後記(四)(1)記載の本件特例決裁という財務会計上の違法行為をするについて、右行為を阻止すべき指揮監督上の義務を怠った。
イ その在職期間中の本件支出につき、違法な支出決定及び支出命令をした。右につき職員局長(総務局職員長、総務局長)、給与課長等に専決委任していたとしても、右局長らの違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務を怠った。
(2) 同四号後段(怠る事実の相手方に対する損害賠償)
被告大島は、右の各行為により故意又は過失によって大阪市に損害を与えたものであり、民法上の不法行為責任を負うところ、大阪市が同被告に対して損害賠償請求権を行使しないのは「財産の管理を怠る事実」に当たる。
(二) 被告西尾(市長)
(1) 同四号前段(前同)
前記(一)(1)イと同じ
(2) 同四号後段(前同)
前記(一)(2)と同じ
(三) 被告遠藤及び同榎村(収入役)
(1) 同四号前段(前同)
前記2(四)(2)記載のとおり、収入役は、支出負担行為について確認及び再確認の権限を有するのであるから、これらの財務会計上の行為を給与課長及び収入役室審査課長に委任ないしは専決させていたとしても、これらの者を指揮監督すべき義務があるところ、右被告らは、右課長らの違法行為を阻止すべき義務を怠った。
(2) 同四号後段(前同)
右被告らは、右各行為により故意又は重過失によって大阪市に損害を与えたものであり、民法上の不法行為責任を負うところ、大阪市が同被告らに対して損害賠償請求権を行使しないのは「財産の管理を怠る事実」に当たる。
(四) 被告土井(職員局長)
(1) 同四号前段(前同)
同被告がした本件特例決裁は、新たな手当の創設であるから、支出負担行為であり、財務会計上の行為に当たるところ、右特例決裁は、給与条例主義に反する違法な行為である。
(2) 同四号後段(前同)
被告土井は、本件特例決裁により故意又は重過失によって大阪市に損害を与えたものであり、民法上の不法行為責任(ないしは債務不履行責任)を負うところ、大阪市が同被告に対して損害賠償請求権を行使しないのは「財産の管理を怠る事実」に当たる。
2 C事件関係(同四号前段、前同)
前記2(四)記載のとおり、本件支出について、被告平野は総務局長として、被告柴﨑は給与課長として、被告小泉は収入役室審査課長として、それぞれその在任期間中、支出決定、支出命令書の発行及び支出負担行為の確認、支出負担行為の再確認という財務会計上の行為を分担していた者であるところ、本件支出は違法であるから、右被告らは、いずれも当該職員として、損害賠償義務がある。
3 B事件関係(監査委員、同四号前段、前同)
被告足髙らは、監査委員として、違法な本件支出を差し止めるべき義務があるのに、これを怠った。これら監査委員の職務の懈怠は、大阪市に対する債務不履行ないし不法行為を構成するから、大阪市が同被告らに対して損害賠償請求権を行使しないのは「財産の管理を怠る事実」に当たる。
三 争点
1 本案前
(一) A事件被告土井の本件特例決裁の財務会計上の行為該当性
(二) B事件被告足髙らは法二四二条の二第一項四号後段の「相手方」に当たるか。
(三) 監査請求前置が充たされているか。
(1) A事件被告大島、同土井に対する法二四二条の二第一項四号後段に基づく請求は、監査請求を経たものといえるか。また、右請求は、監査請求期間を徒過しているか。
(2) A事件被告大島、同西尾、同遠藤、同榎村に対する法二四二条の二第一項四号前段に基づく請求は、監査請求期間を徒過しているか。
2 本案
(一) 本件支出の違法性
(二) 各被告の責任
第三 本案前の争点に対する判断<省略>
第四 本案の争点に対する判断
一 本件支出の違法性(争点2(一))
1 原告らの主張
本件特例決裁は、超過勤務の事実の有無にかかわらず、職員全員に対して超過勤務手当の名目で一律に手当(その実質は、本件条例に根拠のないヤミの賞与である。)を支給することを定めたものであるから、右決裁に基づいて支出された本件支出は、給与条例主義に違反し、違法である。なお、本件特例決裁は、就業規則一六条二項に定める手続にも反するので、この決裁に基づく本件支出は、この点でも違法である。
被告らは、本件特例決裁ないしは本件特例制度の適法性について縷々主張するが、右主張はフィクションにすぎない。
2 被告らの主張
本件特例決裁に基づく本件支出は、就業規則に違反するものではないし、かつ、実在する超過勤務に対して支給されたものであるから、給与条例主義に違反するものでもない。すなわち、
(一) 超過勤務手当の支出手続(原則)
大阪市においては、超過勤務命令は、市役所課長専決規程二条一号の規定により、各課長の専決事項であり、かつ、就業規則一六条二項の規定により、「超過勤務命令簿により命ずる」こととされている。
しかしながら、実際には、事前に超過勤務命令簿(以下「命令簿」という。)により命令がされることはほとんどなく、各課長は、口頭で超過勤務を命じ、これを受けた職員が勤務終了後に命令簿に勤務時間、内容等を記載し、係長を経て課長の認定(押印)を得るという運用が一般化していた。
右のようにして各職員毎の命令簿に記載された超過勤務は、各月毎に各局の給与担当課で集計され、給与課に報告される。これを受けた給与課では、大阪市計算センターに依頼して各職員の超過勤務手当額とその支出総額を算出し、これに基づいて、前記第二の一2(四)記載のとおりの手続で超過勤務手当の支出がされていた。
(二) 本件特例決裁制定の経緯と必要性
(1) 大阪市では、戦後財政収支の悪化が続いていたため、予算上人件費が抑制されていた。そのため、超過勤務手当についても、業務量の増大により超過勤務が増加したにもかかわらずその一部が支給されないという状況が続いており、職員団体からも改善要求がなされていた。
昭和五〇年代に入り、単年度収支が黒字となり、財政状況について一定の改善が見られる一方、週休二日制の導入等により業務量が一層増大したため、職員の超過勤務が恒常化し、超過勤務手当の未払に対する不満の声が強まった。
(2) このような状況下で、市当局としては、職員の士気を維持するため、超過勤務手当の支給額を抑制しながら職員の不満を解消する何らかの措置を講ずる必要があったが、財政状況はなお予断を許さない状況であり、超過勤務手当の全面的支給はできかねる状況にあった。そこで、給与課において、超過勤務手当の未払の実態について調査するとともに、改善措置の内容について検討することとなった。
(3) 右の実態調査のうち、勤務時間に引き続く短時間の超過勤務の存否の調査については、財政局主税部主税課等四か所の職場についての実地調査が実施されたが、その結果、各課とも、すべての調査日について、勤務時間終了時から一五分経過後ではほとんどの課で超過勤務をしており、三〇分経過後の時点でも、ほとんどの課で超過勤務が見られたが、職員数はさほど多くはないというものであった。そしてまた、命令簿に関する調査結果では、一時間未満の超過勤務が命令簿に記載されていた事例はほとんどなかった。
(4) 給与課では、このような実態調査の結果や各局給与担当者からのヒアリングの内容等を総合した結果、勤務時間に引き続く短時間の超過勤務が各課、事業所においてあまねく存在していると推定し、限られた予算の範囲内で職員の士気を維持するためには、右の短時間の超過勤務に係る手当について改善を図ることが、労務管理上の観点からも最も効果的であると考えたものである。
(三) 本件特例制度の内容
(1) 本件特例制度は、三〇分未満の超過勤務(以下「短時間超勤」という。)のみについて、週一時間又は月四時間分(昭和五七年六月一日以降は月五時間分)を限度として、本件条例一五条の規定どおりの超過勤務手当を支給することをその内容とするものであって、存在しない超過勤務に対して超過勤務手当を支給しようとしたものではない。ただ、支給事務の効率化を図るという観点から、就業規則上の原則的な形態である命令簿に記載するという事務処理方法をとらず、命令簿により命じたものとみなすこととして、あらかじめ給与課で支給限度額をコンピューターに入力しておき、減額の必要が生じたときには、他の給与と同様に、各局からの報告に基づき減額するという方法を採ることにしたものである。
(2) 右のように、すべての職員(ただし、長期欠勤者等の超過勤務のあり得ない者を除く。)について一定時間分を入力し、減額報告により個別に減額するという仕組みを採ることにしたのは、次の理由による。
ア 短時間の超過勤務のすべてについて、命令簿による命令ないしは追認を行い、これに基づいて超過勤務手当を支給するとなれば、超過勤務手当の激増を招き、人件費予算を圧迫することとなる可能性が高かったので、一定の限度を設けた部分的な対応とならざるを得なかった。
イ 右のように部分的な対応を前提にした場合、手当が支給されない短時間の超過勤務を含むすべての短時間の超過勤務を命令簿に記載させることについて、職員を説得する理由が見いだし難い上、すべての短時間の超過勤務を命令簿に記載させることになると、事務の煩雑化を招き、実際的でないとの意見が各局の給与担当者から出された。
ウ そこで事務の煩雑化や職員の不満の顕在化を防ぐため、本件特例制度による超過勤務手当については、一定の限度を設けつつ命令簿への記載を不要としたが、反面、本件特例制度の対象となる短時間超勤の認定に当たっては、各課長が職場の実態に合わせて個別に認定し、減額すべき事由があれば、減額報告書によって減額することとした。
(四) 職員局長決裁にした理由
右のように、本件特例制度は、給与に関する制度を新たに創設するものではなく、本件条例の規定に基づく事務の執行であるから、局長等専決規定三条一項24号に基づき、職員局長が専決処理したものである。
3 当裁判所の判断
(一) 前記第二の一で認定した事実と証拠によれば、次のとおり認めることができる。
(1) 前記第二の一2(一)で説示したように、普通地方公共団体の職員に対する給与等の額及び支給方法は、条例で定め、その支給は法律又はこれに基づく条例に基づかずには支給することができないとされているところ(給与条例主義)、一部の地方公共団体において、条例上の手当をすることなく、夏期、年末等に時間外勤務手当や旅費等の名目で職員に対して一律に実質上の特別手当が支給される事例が見られ、昭和三九年五月二五日付けで自治省から各都道府県知事あてに警告(行政局長、財政局長通知)が発せられていた(甲五)。
しかるに、昭和五四年頃、銚子市等一部の地方公共団体において、同様の事例が続発し、「ヤミ給与」として新聞紙上で報道された。そこで、自治省は、再度、同年八月三一日付けで、行政局公務員部長名をもって各都道府県知事及び各指定都市市長あてに「違法な給与の支給等の是正について」と題する通知を発したが、その中の三項には、「期末手当等について国家公務員の基準を超える内容を定めることは、国家公務員との均衡原則に反するものであること」と記載されていた(甲五、一四の1ないし3)。
そして、昭和五五年一月二八日付けの朝日新聞朝刊は、一面トップ記事で、自治省がヤミ支給の是正推進のため自治体給与の徹底調査に乗り出したこと、違法な支給分に対応する特別交付税減額の強化を打ち出したことを報道した(甲一八)。
(2) 本件特例制度は、右のような状況の中で、昭和五五年六月一一日付けの職員局長(被告土井)の特例決裁という形で制定されたものであるが、その企画、立案に当たったのは、当時の主管課長であった給与課長の浦一昭とその部下職員であった。
浦は、当時、自治省から発せられた二度にわたる前記通知の存在を知っていたことを自認しており、また、その地位からすると、前示の一連の新聞報道も承知していたものと推認されるところ、本件特例制度を導入するについて、自治省に照会したこともなく、他の地方自治体の調査をしたこともなかった。そして、浦からの意見具申を受けて決裁をした被告土井も、特段の疑問を抱くことなく、本件特例決裁をした。(証人浦、被告土井本人)
(3) 本件特例制度に基づく毎月の手当の支給方法は、あらかじめ給与課で係長以下の職員全員(ただし、長期欠勤者等の超過勤務のあり得ない者を除く。)の支給限度額をコンピューターに入力しておき、減額の必要が生じたときは、他の給与と同様に、各局からの報告に基づき減額するというものであったが、右の制度が存続していた約一〇年間において、医師及び南港市場の技術員といったごく限られた例外を除き、右減額報告がされたことはなかった(乙五、証人浦、被告柴﨑)。
(4) 本件特例制度に基づく支出総額は、初年度(昭和五五年)においても、約二〇億円と予想されたが、別段の予算措置を講じることもなく実行に移され、その後の年度においても、超過勤務手当全体の予算額(約七〇億円)は、大きな変動はなかった(証人浦)。
(5) 平成元年一二月一四日、新聞各紙は、本件支出を「ヤミ手当」として大々的に報道し、これを受けて、原告松浦らは、平成二年一月九日、A事件被告らの行為を対象とする監査請求を行った(第二の二4(一)参照)。
これらの動きを受けて、当時の給与課長であった被告柴﨑を中心にして本件特例制度の存廃が検討され、同年一月中旬頃には、市長及び総務局長の了解を得て、同月一日をもって右制度を改め、短時間超勤についてもすべて命令簿に基づいて事務処理を行うこととすることが決定された。そして、同年二月七日付け各局庶務担当課長宛給与課長事務連絡により、右の趣旨が通知された。
右のように、同年一月一日以降は、短時間超勤もすべて命令簿に基づいて処理されることになったが、現実には、同日以降、短時間超勤が命令簿に記載された例はほとんどなかった。(甲二の1ないし6、一一、被告柴﨑)
(二) 右に認定した事実に証拠(甲一二、一六の1、2、一七、一八)及び後記(三)の説示をも併せ考えると、本件特例決裁は、原告らが主張するとおり、超過勤務の有無にかかわらず、職員全員に対して一律に手当を支給することを定めたものと認めるほかなく、本件条例二条において定められた給与以外の給与の定めをしたものとして、違法といわざるを得ない。したがって、本件特例決裁に基づいてなされた本件支出もまた違法ということになる。
(三) 被告らは、本件支出が給与条例主義に違反するものではないとし、その理由について前記2記載のとおり主張するところ、証人浦一昭、同三木敦博、同坂下勇夫の各証言、被告土井及び同柴﨑の各供述並びに乙五、九、一〇(右浦、三木、土井の陳述書)の記載内容は、被告らの右主張と符合するけれども、これらの供述及び供述記載は、次の(1)に関する部分を除き、いずれもたやすく採用することができない。
(1) 前記2(一)の主張事実(超過勤務手当の支出手続)については、その主張のとおり認定できる(乙五、証人浦)。
(2) 同(二)の主張(本件特例決裁制度の経緯と必要性)について
被告らの主張の要旨は、給与課で実施した実態調査等の結果、超過勤務手当が支給されていない短時間の超過勤務が各課、事業所においてあまねく存在していることが判明したので、本件特例制度の導入が必要と考えたというものである。そして、浦証人(乙五及び証言)は、右実態調査の結果得られた数値に基づく計数処理まで挙げて、右制度の合理性、必要性を説明している。
しかしながら、給与課で実施したという四箇所の職場(その対象人数は一二〇人程度である。)の実地調査については、その調査結果に関する報告書の存在自体が明らかでなく、そもそも右の調査が実施されたこと自体疑わしいが、仮に実施されたとしても、当時の全職員数が前記第二の一3(一)記載のとおり約五〇局、三万七〇〇〇人であったことからすると、右調査はあまりにも規模が小さく、年間約二〇億円の支出が予想される制度創設のための調査としては粗雑すぎるというべきである。さらに、証人浦は、右の調査により、すべての調査日において一五分間の超過勤務をした者が八割程度存在し、平均すると、一人当たり一日平均一二分(一か月当たり五時間)の短時間超勤があることが判明したなどと供述しているが、右はあくまで平均値にすぎないのであって、調査対象の職員全員が実際にそれだけの超過勤務をしたことの確認がされた形跡はない。
(3) 同(三)の主張(本件特例制度の内容)について
被告らの主張の要旨は、本件特例制度は、実在する短時間超勤に対して超過勤務手当を支給することを内容とするものであるというのであり、前記(一)(3)で認定した支給方法(命令簿への記載を省略し、あらかじめコンピューターに入力する方法)を採用したことの相当性の担保として、各職場における短時間超勤の認定と減額報告制度の存在を挙げている。
しかしながら、前記(一)(3)で認定したとおり、右減額報告がなされた例は、ごく一部の例外を除いて存在しない。なお、証人浦、同三木は、本件特例制度発足当初、減額報告がなされた例が数例あると述べるが、これらの証言はあいまいで具体性がなく、その裏付けとなる書証も存在しない。
そして、短時間超勤の認定については、右両証人及び証人坂下勇夫は、各課長が自ら又は部下の係長を通じて、適宜な方法により厳格に認定していたが、係長は、メモを取るなど右の認定について種々工夫していた」などと供述している。しかしながら、被告らは、一方で、命令簿への記載を省略することにしたのは、事務の煩雑化を防止して支給事務の効率化を図るためであると主張しているところ、もし、そのとおりであるとすると、右の供述内容は、極めて不自然で疑わしいといわなければならない。けだし、前記(1)で認定した従前の超過勤務手当の支給手続の実情に照らすと、短時間超勤について右と同じく命令簿で認定する方法によったとしても、その記入は各職員にさせることになるから、さほど事務が煩雑化するとは思われず、係長がメモ等で認定するよりもむしろ簡明ともいえるからである。この点(事務の煩雑化の防止と短時間超勤の認定との関係)について、証人浦、同三木及び被告土井らは、縷々弁明しているけれども、いずれも説得力に乏しい。
そしてまた、被告らの主張によれば、三万七〇〇〇人にも上る大阪市の職員のほとんど全員が、約一〇年間にわたり、毎月四時間ないし五時間の短時間超勤(実質的な命令に基づく勤務)をしていたということになるが、このこと自体、経験則に照らし、およそ信じ難いことというべきであって、そのことは、前記(一)(5)で認定した事実(本件特例制度が廃止された後、短時間超勤も命令簿により処理されることになったが、その記載例はほとんどないこと)によっても裏付けられる。
二 各被告の責任(争点2(二))
1 被告大島について
(一) 法二四二条の二第一項四号前段の請求について
(1) 住民訴訟制度が法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、法二四二条の二第一項四号に規定する「当該職員」とは、当該訴訟において、その適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味するものと解するのが相当であり、地方公共団体の長は、その権限に属する財務会計上の行為を予め特定の補助職員に委任又は専決させている場合であっても、右委任又は専決により処理された財務会計上の行為の適否が問題とされている代位請求住民訴訟において、右「当該職員」に該当するというべきである。そして、右のように、市長の権限に属する財務会計上の行為を補助職員が委任又は専決により処理した場合は、市長は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の行為をすることを阻止しなかったときに限り、自らも財務会計上の行為を行ったものとして、市が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である(最高裁昭和六二年四月一〇日判決・民集四一巻三号二三九頁、同平成三年一二月二〇日判決・民集四五巻九号一四五五頁、同平成五年二月一六日判決・民集四七巻三号一六八七頁参照)。
(2) これを本件についてみると、被告大島は、昭和五五年六月一日以前から昭和六二年一二月一八日までの間、大阪市の市長として、「予算を調整し、及びこれを執行する」権限を有していたところ(法一四九条二号)、前記第二の一で認定したとおり、自己の権限に属する事務の一部を職員局長(総務局職員長又は総務局長)や給与課長に専決させていたこと、右の被告大島の在職期間、被告土井及びその後任の職員局長(総務局職員長又は総務局長)が本件特例決裁に基づく本件支出に係る支出決定権限について、給与課長が支出命令書発行権限について、それぞれ被告大島に代わって専決処理していたが、これら専決権者の行為が財務会計上の違法行為に当たること(その理由については後記5参照)が肯認できるから、被告大島は右「当該職員」に該当するということができる。
(3) そこで、被告大島の故意、過失について検討する。
まず、本件特例決裁の制度についてみると、被告大島が、事前に被告土井と協議をした上で本件特例決裁を定めたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、被告土井らから被告大島に本件特例決裁について報告されたことはなかったことが認められるのであるから(乙五、証人浦、被告土井)、被告大島が本件特例決裁の制定を事前に知っていたということはできない。そして、本件支出に係る支出決定及び支出命令書の発行についても、被告大島がその在任期間中において、本件特例決裁の存在もしくは本件特例制度の具体的な内容を知っていたこと又は容易にこれを知り得たことを認めるに足りる証拠はないから、同被告が前記被告土井その他の職員の違法な本件支出(支出決定及び支出命令)を阻止しなかったことについて、故意又は過失があったということはできない。
そうすると、原告松浦らの前記四号前段の請求は失当である。
(二) 法二四二条の二第一項四号後段の請求について
本件特例決裁をした被告土井の行為が違法であり、これについて同被告に少なくとも重過失があったことは、後記4で判示するとおりである。原告松浦らは、その当時の市長である被告大島にも本件特例決裁について不法行為責任があると主張するが、被告大島が本件特例決裁について、その制度の事前事後を通じて、その存在を知り、又は容易にこれを知り得たことを認めるに足りる証拠がないことは右(一)で説示したとおりであるから、本件特例決裁の制定につき被告大島に故意又は過失があったということはできない。また、本件支出自体についても、同被告に故意又は過失がないことは、右認定のとおりである。
したがって、原告松浦らの前記四号後段の請求は失当である。
2 被告西尾について
(一) 法二四二条の二第一項四号前段の請求について
(1) 前記第二の一で認定したように、被告西尾は、昭和六二年一二月一九日から平成二年一月一七日以降までの間、市長の職にあり、この間、被告平野及び同柴﨑らの補助職員をして、本件特例決裁に基づく本件支出に係る支出決定及び支出命令書の発行を専決処理させていたものであるが、これらの専決行為が財務会計上の違法行為に該当することは、前記1で説示したところと同様である。
したがって、被告西尾は、前記四号前段の「当該職員」に当たるから、被告大島の場合と同様、その故意、過失が問題となる。
(2) そこで、この点について検討するに、証拠(甲二〇、二一)及び弁論の全趣旨によれば、本件特例決裁がなされた昭和五五年六月当時、被告西尾は、大阪市交通局長の地位にあったこと、右交通局においても、本件特例決裁と同時期に、これとほぼ同内容の定めが局長決裁(ただし、決裁印は辻部長が代印している。)をもって制定されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、被告西尾は、市長に就任した当時、既に本件特例決裁の存在ないしは本件特例制度の具体的内容を知っていたものと推認することができるから、右決裁に基づく本件支出が違法であることも容易に認識し得たものということができる。そうすると、被告西尾は、各専決権者が本件支出に係る財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったことにつき少なくとも過失があったものということができる。
(3) したがって、被告西尾は、本件支出のうち、その在任期間中に支出された部分について、大阪市に損害を与えたというべきところ、その額は、原告松浦らが請求している一八七七万八四一六円を超えることは明らかであるから、同原告らの被告西尾に対する前記請求は理由がある。
(二) 法二四二条の二第一項四号後段の請求について
右(一)の請求と選択的併合の関係にあると解されるので、判断する必要がない。
3 被告遠藤及び同榎村について
(一) 法二四二条の二第一項四号前段の請求について
(1) 前記第二の一で認定したように、被告遠藤は、昭和五五年六月一日以前から昭和五八年六月四日までの間、同榎村は、同年六月六日から昭和六二年六月五日までの間、、それぞれ収入役の職にあり、この間、本来自己の職務権限に属する本件特例決裁に基づく本件支出に係る支出負担行為の確認及び再確認事務を、給与課長(出納員)及び収入役室審査課長らの補助職員をして、委任又は専決により処理させていたものであるが、これら補助職員の行為が違法な財務会計上の行為に該当することは、後記5で説示するとおりである。
そうすると、被告遠藤らは、前記被告大島の場合と同様、前記四号前段の「当該職員」に当たるから、その故意、重過失(法二四三条の二第一項)が問題となる。
(2) 被告遠藤及び同榎村が、その在任期間中において、本件特例決裁の存在もしくは本件特例制度の具体的な内容を知っていたこと又は容易にこれを知り得たことを認めるに足りる証拠はないから、同被告らが前記補助職員らの違法な財務会計上の行為を阻止しなかったことについて、故意又は重過失があったということはできない。
したがって、原告松浦らの同被告らに対する前記請求は失当である。
(二) 法二四二条の二第一項四号後段の請求について
右のように、被告遠藤及び同榎村について、補助職員らの違法な財務会計上の行為を阻止しなかったことについて故意又は重過失が認められない以上、これと同じ行為を原因とする不法行為責任を問うことはできないものと解されるから、右請求は理由がない。
4 被告土井について
(一) 法二四二条の二第一項四号前段に基づく請求について
右の請求が不適法であることは、前記第三の一で判示したとおりである(次の(二)の請求と選択的併合と解されるので、却下の裁判はしない。)。
(二) 同号後段に基づく請求について
前記第二の一及び第四の一で認定したところからすると、被告土井は、本件特例決裁(改正前)という違法行為をしたことにより、その後の約一〇年間にわたる違法な本件支出を招来したものというべきところ、右決裁当時における同被告の地位及び前記一3(一)で認定した当時の状況等に照らすと、右違法行為をするについて、同被告には、少なくとも重過失があったものと認められる。そして、同被告が右違法行為により大阪市に与えた損害は、本件特例決裁に基づき支出された金員(ただし、改正前の支給割合の限度)に相当する額というべきところ、その額は、少なくとも原告松浦らが請求している二八〇四万一七二七円を超えることは明らかである。
そうすると、大阪市において同被告に対する右損害賠償請求権を行使しないことは、特段の事情のない限り違法というべきであるから、原告松浦らの右請求は理由がある。
5 被告平野、同柴﨑、同小泉について
前記第二の一及び第四の一で認定したところからすると、被告平野は、総務局長として在職中(昭和六三年四月一日から平成元年一二月一八日までの間)、専決規定に基づき、市長である被告西尾に代わって本件支出に係る支出決定を専決決裁したものであり、被告柴﨑は、給与課長として在職中(平成元年四月一日から平成二年一月一七日までの間)、専決規定に基づき、被告西尾に代わって本件支出に係る支出命令書を発行するとともに、委任規定に基づき、収入役である亡高橋修に代わって本件支出に係る支出負担行為の確認を行ったものであり、また被告小泉は、収入役室審査課長として在職中(被告柴﨑と同じ)、専決規定に基づき、亡高橋に代わって本件支出に係る支出負担行為の再確認を行ったものであるところ、右の各行為がいずれも違法な財務会計上の行為に当たることは多言を要しない。そして、同被告らの地位等に照らすと、同被告らは、いずれも本件支出が給与条例主義に反する違法な支出であることを容易に認識し得た筈であるから、同被告らには少なくとも重過失があったというべきである(被告小泉は、総務局に所属する者ではないが、収入役室審査課長として、部下職員の超過勤務を命じ、これを認定する立場にあった。)。
そして、右被告らが右違法行為により大阪市に与えた損害は、本件支出のうち右の各在職期間中に関与した部分に相当する額というべきところ、その額は、少なくとも原告蒲田らが請求している金額(被告平野につき六〇七万〇〇五二円、同柴﨑及び同小泉につき三四三万〇七八六円)を超えることは明らかである。
なお、原告蒲田らは、本訴に先立つ監査請求においては、被告ら三名につき、平成元年九月分(一〇月一七日支給)から同年一二月分(平成二年一月一七日支給)までの間の支出についてのみ違法、不当な公金の支出として特定し、監査を求めているから(甲八)、平成元年八月分以前の支出分については監査請求を経ていないことになる。そうすると、原告蒲田らの本訴請求のうち、右の部分に関する請求は、監査請求前置の要件を欠き不適法となりそうであるが、しかし、監査請求を経た右四か月分だけでも右の請求金額を優に超えることは明らかであるから、本件訴えはその全部が適法である(原告らにおいて一〇〇〇分の一などとしているのは、一部請求を示すための単なる陳述であり、特段の意味を持たないものと解する。)。
また、被告平野は、平成元年一二月一八日に退職し、同年一二月分(平成二年一月支給)の支給には関与していないと認められるが、これを除いても右の請求額が残ることは明らかである。
したがって、被告平野らに対する原告蒲田らの請求は、全部理由がある。
6 被告足髙、同山川、同谷、同田中について
原告蒲田らは、被告足髙らは、大阪市監査委員としての職務を怠って、本件支出を漫然として放置し、大阪市に本件支出と同額の損害を与えたのであるから、大阪市に対し、損害を賠償すべき義務を負うとし、監査委員のなす勧告は、事実上社会的に大きな効果をもたらすことからすれば、監査委員の職務の懈怠と本件支出による損害との間には相当因果関係があると主張する。
そこで、判断するに、監査委員は、普通地方公共団体の財務に関する事務の執行及び普通地方公共団体の経営に係る事務の管理を監査する権限を有するが(法一九九条一項)、この監査委員制度の主たる目的は、行政の適法性あるいは妥当性の保障にあり、いかにすれば公正で合理的かつ効率的な地方公共団体の行政を確保することができるかということであり、そこでは行政運営の指導に重点が置かれているのであって、非違をただし、不正を摘発することは副次的な目的にすぎないということができる。そして、監査委員は、監査の結果については、これに関する報告を決定し、これを主務大臣等関係機関に提出し、公表しなければならないとされているにすぎず(法一九九条九項)、関係機関等の執行行為を直接差し止め、あるいは是正措置を講ずることはできないものと解される。また、勧告を受けた関係機関としても、監査委員の勧告等に必ずしも拘束されるものではない。
以上のような監査委員の役割や権限等に照らすと、本件において、仮に被告足髙らが監査を怠ったことがあったとしても、そのことにより大阪市が本件支出額相当の損害を被ったということはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、被告足髙らに対する請求は理由がない。
7 なお、仮執行宣言については相当でないから、これを付さない。
(裁判長裁判官鳥越健治 裁判官遠山廣直 裁判官山本正道)
別紙
請求債権目録
(被告名)
(請求金額)
(損害額)
(訴状送達日)
A事件
大島靖
三七三〇万五〇三八円
一八六億五二五一万九七九六円
平成二年四月二〇日
西尾正也
一八七七万八四一六円
九三億八九二〇万八二三九円
平成二年四月一九日
遠藤渉
九四九万八二三〇円
九四億九八二三万〇〇七九円
平成二年四月二三日
榎村博
一二四五万五四四五円
一二四億五五四四万五五七九円
平成二年四月一九日
土井魏
二八〇四万一七二七円
二八〇億四一七二万八〇三五円
平成二年四月二〇日
B事件
足髙克巳
三七三万円
一四億五〇〇〇万円
平成二年一二月五日
山川洋三
二六一万円
一四億五〇〇〇万円
平成二年一二月六日
谷和夫
二六一万円
三七億三〇〇〇万円
平成二年一二月五日
田中昭
二九万円
二億九〇〇〇万円
平成二年一二月六日
C事件
平野誠治
六〇七万〇〇五二円
六〇億七〇〇五万二三七六円
平成三年一月一〇日
柴﨑克治
三四三万〇七八六円
三四億三七〇八万六九四七円
平成三年一月九日
小泉巍
三四三万〇七八六円
三四億三七〇八万六九四七円
平成三年一月九日